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1月 27, 2019 コメントは受け付けていません

英語と日本語でPTGを紹介するビデオを作りました.これから時々,更新していく予定です.どうぞ以下のリンクをご覧ください.

Japanese video

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カテゴリー: Media

Kunz et al. (2019)

1月 25, 2019 コメントは受け付けていません

Kunz, S., Joseph, S., Geyh, S., & Peter, C. (2019). Perceived posttraumatic growth and depreciation after spinal cord injury: Actual or illusory? Health Psychology, 38, 53-62. doi: 10.1037/hea0000676

2019年がはじまってあと少しで一か月になる.外の気温はマイナス12度.一昨日はマイナス20度まで下がった.それでもラボのメンバーは朝イチで大学に来る.あと一カ月くらいで去年からやってきた研究の一つが終わりそうなので,それをこの次どう発展させるか,研究デザインを決めようとしているからだ.はじまってしまうとまたしばらく変更できないので,今が大事だ.で,その内容は「本物のPTG」と「幻想のPTG」をどう見極めるか,あるいは一般の人はその違いをどうとらえているのか,ということに関係する.PTG研究を長くやってきているイギリスのノッティンガム大学のDr. Stephen Josephがスイスの研究者と共同研究してこのテーマで論文を発表したのでそれをレビューする.

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Tedeschi & Blevins (2015)

5月 18, 2018 コメントは受け付けていません

Tedeschi, R. G., & Blevins, C. L. (2015). From mindfulness to meaning: Implications for the theory of posttraumatic growth. Psychological Inquiry, 26, 373-376. doi: 10.1080/1047840X.2015.1075354

意味などない,悪夢としか思えないような出来事の中に何らかの意味を見出せることもPTGの一つだ,と考えてきた.でもはたしてそうだろうか.「多くの研究者は,怒りと暴力と復讐が鬱状態を解消する薬になるらしいことに注目している.憎しみと復讐によって意味と目的があたえられ,鬱病による無力感と苦痛を撥ね返すのである.チェチェン紛争で死傷した戦友の復讐を誓ったロシア兵には,まぎれもなくこの作用がはたらいていた.報復行為は世界中の文化圏で報告されている.中略.考えられる理由の一つは,暴力は興奮をかきたて,力をあたえ,鬱の苦しみから強制的に気持ちをそらせるはたらきがあるのかもしれないということだ.それがほんとうなら,背筋が寒くなるような可能性が考えられる.若者のあいだで鬱病と自殺の率が上昇しているとすれば,他者への憎悪と暴力もそれにつれて増加するのではないか.それは,意味も目的もなさそうな世界で,粗暴な若者が鬱病をみずから治療しようとする行為なのかもしれない(ラッシュ・W・ドージアJr著.桃井緑美子訳「人はなぜ『憎む』のか」河出書房新社.P.130)」. 続きを読む…

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Johnson et al. (2017)

11月 25, 2017 コメントをどうぞ

Johnson, J., Panagioti, M., Bass, J., Ramsey, L., & Harrison, R. (2017). Resilience to emotional distress in response to failure, error or mistakes: A systematic review. Clinical Psychology Review, 52, 19-42. doi: 10.1016/j.cpr.2016.11.007

心的外傷後成長のプロセスを見る研究では,出来事が予期せず襲い掛かってくるようなパターンが多い.心の準備もままならない間にさまざまなことが降りかかってきて,心の整理がつかない.なすすべもなく,どん底に突き落とされてそこからまたどう生きるか.そこでの葛藤や心のもがきとPTGは親和性が高い.けれども,なすすべがいくらでもあったのに,自分にできることがたくさんあったのに,それをしなかったために出来事が起きてしまった時はどう考えたら良いのだろう.どん底に突き落とされたのではなく,自業自得の場合.いくらでも防げたのに...3年くらい前から私の研究室ではそういう状況でのPTGも研究してきていて,やっとデータが揃い始めた.今日はそのデータをまとめる上で参考になりそうな論文をレビューしたい. 続きを読む…

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宅 (2017) レジリエンスとPTG

9月 11, 2017 コメントをどうぞ

2017年9月に金剛出版から発行された「臨床心理学」の雑誌(17巻,5号)でレジリエンスについての特集が組まれました.私も,「レジリエンスとPTG(心的外傷後成長)」というタイトルで寄稿しました(P.654-658).

「レジリエンス―それは大変つらい状況に陥ったとき,どんどん深みにはまってゆくのではなく,持てるものをなるべくうまく使って,そこから抜け出すことができるイメージだ.ただ抜け出すだけではなく,その経験を糧にできる,そういった強さやしなやかさも感じられる(中略).PTG(Post-traumatic Growth)-それは大変つらい状況に陥ったとき,抜け出したくても抜け出せず,解決するすべもなく,ただもがくなかで,表面的にはほとんど何も変わっていない.よりうまく適応できるようになったとは限らず,症状が必ずしも軽くなったわけでもないけれど,一人の人間としては成長しているとしか表現のしようがない変化を経験しているイメージだ(中略).本稿では,両者の関連を論じる(「臨床心理学」第17巻第5号,P.654,「I.はじめに」より抜粋). 続きを読む…

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Weststrate & Glück (2017)

8月 27, 2017 コメントをどうぞ

Weststrate, N. M., & Glück, J. (2017). Hard-earned wisdom: Exploratory processing of difficult life experience is positively associated with wisdom. Developmental Psychology, 53, 800-814. doi: 10.1037/dev0000286

PTGのモデルに含まれている構成概念で,これまで深く研究対象にしてこなかったものに「Wisdom(英知,知恵)」がある.英知の備わっている人のイメージとしては,杖のついたおひげのおじいさん.アルプスの少女ハイジに出てくるクララのおばあさん.穏やかで,動揺せず,先を見通していて,包み込むようなイメージ.でも必ずしも年をとった人だとは限らず,(具体的な例は思いつかないけれど)誰かがWisdomを発揮している場面にでくわすと,「うわあ...さすがだな」と思い,自分もそういう解決方法とか,咄嗟の行動とか,言葉のチョイスとかができたらいいのにな,とか思ったりする.また,自分で何かを決めた後で,もう一度よく考えてみたらそうするんじゃなかった,と悶々としたりして,せっかく「三人寄れば文殊の知恵」と言うことわざがあるんだから,色々な人の意見を聞けばよかったなと思うこともある.「健康(well-being)」や「幸せ(happiness)」,「満足(satisfaction)」などの軸とは,また別の「賢さ,英知(Wisdom)」の軸.私の大学はあと一週間で入学式.新学期が始まり,うちの研究室にも新しいメンバーが加わる.彼らとの新しいプロジェクトを考えるにあたってWisdomの研究はどういう手法を取るのか勉強しておきたくて夏休みの間に読んでいた論文がこれだ. 続きを読む…

Johnson et al. (2009)

6月 19, 2017 コメントは受け付けていません

Johnson, R. J., Canetti, D., Palmieri, P. A., Galea, S., Varley, J., & Hobfoll, S. E. (2009). A prospective study of risk and resilience factors associated with posttraumatic stress symptoms and depression symptoms among Jews and Arabs exposed to repeated acts of terrorism in Israel. Psychological Trauma: Theory, Research, Practice, and Policy, 1, 291-311. doi: 10.1037/a0017586

ああいうことがあったけれど,「私はお父さんとお母さんの子どもで本当によかった」,「日本人に生まれて心底よかった」,「この先生でよかった」などと感じるとき,その「よかった」はどういう意味だろうか.PTGで言うところの『人生に対する感謝』のようなものだととらえてよいのだろうか.では,こういうことがあって,「私はああいうお父さんとお母さんの子どもじゃなくてよかった」,「私はxx人に生まれなくて心底よかった」,「あっちの先生じゃなくてよかった」と感じたら,その「よかった」はどういう意味になるのだろうか.自分が所属する集団を好ましく認知し,外集団を批判したり排斥したりするそれを,エスノセントリズムの観点から検討し,PTGはむしろそれを招く,したがってPTGは有害な場合がある,と結論づけた研究が今日レビューする論文だ.多様性を認め,(自国から見た)歴史的背景を学び,さまざまな差別があることを知った上で,国全体に影響を及ぼすような大きな自然災害の後などに,「それでもやはり,日本に生まれて本当によかった」,「これからの日本の未来は日本人が決めるべき」,「外国人も日本に住んでいるなら,郷に入れば郷に従えで日本のルールに従うべきで,嫌なら出て行けばいい」と感じたら,それはマズイのだろうか.「ヘイト」にさえつながらなければ,意味云々は人それぞれで良いのだから,追究する必要はないのだろうか.Jonathan Haidtの『The righteous mind: Why good people are divided by politics and religion 』,もう一度,アメリカに帰ったら読んでみようかな. 続きを読む…