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Rose, Endo, Windschitl, & Suis (2008)

7月 18, 2013

Rose, J. P., Endo, Y., Windschitl, P. D., & Suis, J. (2008). Cultural differences in unrealistic optimism and pessimism: The role of egocentrism and direct versus indirect comparison measures. Personality and Social Psychology Bulletin, 34, 1236-1248. doi: 10.1177/0146167208319764

PTGを説明しようとする研究では,きっかけとなった出来事の特性(出来事からの経過期間,出来事が直接命にかかわることだったかどうかなど),出来事をどうとらえたかという主観的な認知,そこから生じたストレス反応を軽減するためにどうしたかという対処方略,自分に起きた出来事をどのように意味づけたかなどの熟考や反芻など,出来事が起こった後に関係する変数がPTGの予測子として数多く取り上げられているが,その一方で無視できないのは,出来事が生じる前から既に存在している個人差だ.

その個人差の一つがパーソナリティなので,先行研究ではどういったタイプの性格の人がPTGを経験しやすいかという点が取り上げられている.一貫してPTGと正の相関関係にあるとの結果が得られているのが楽観性だ.つまり,楽観的な人(悪いことよりはいいことの方が自分に起きるだろうといった楽観的なものの見方をする人)ほど,PTGが高い.とは言っても,相関係数がそう無茶苦茶高いことはなくて,.20とか.30あたりが多い.私も自分の論文の中で,楽観性とPTGの関係を分析したけれど,そこでわかったことは,PTGと楽観性の関係はPTGの領域にもよるというものだ.さらにその研究でわかったのは,日本人とアメリカ人で楽観性の得点が大きく違い,アメリカ人の方が日本人よりも楽観的と自分でとらえていることだった.なので,その文化差となぜ楽観性の影響がPTGの領域によるのかを考えて次の研究計画を練るために,この楽観的というものの見方と文化の関係についてPTGとは違う方面からこれまでの研究でわかっていることを勉強しようと思って,この一週間ほどいろいろな文献を収集した.そのなかでこの論文に出会った.そしてすごく刺激を受けた.これからのPTG研究に必要となりそうないろいろなアイデアが提示されているように思う.

  1. 楽観性の測定の仕方1:例えば私の異文化比較の研究では,楽観性を測定するにあたって,標準化されている自己記述式の尺度を使っている.つまりは,日本人とアメリカ人の方にずばり「私は自分の将来についていつも楽観的である」のような項目を提示して,「全くそう思わない」から「強くそう思う」のどれかを選んでもらうという方法だ.だから自分自身の性格傾向をどんなふうにとらえているかを正確に報告してもらえることを前提としている.けれど,Roseらのこの論文では,楽観性をそのような尺度で問わない.そうではなくて,もしも楽観的であるならば,例えば心臓発作のような何か大変な出来事は他の人に比べて自分に起きる確率は低いと考えているだろうと仮定する.その上で,このような健康上の問題に関する出来事を32準備して,同い年で同じ性別のほかの人と比べてこれらの出来事が自分におきる確率は高いと思っているかあるいは低いと思っているかを聞くのである.そして,そういった健康にまつわる問題が他の人におきる確率よりも自分におきる確率の方がずっと低いと認知された場合にその人は楽観的なものの見方をする人だと考える.結局,私の勉強不足なわけだけれど,こんなふうに楽観性を問うというやり方には全く思いがいたらなかった.これをPTG研究に応用するならば,考え方としては,「もしも目の前の人がPTGを経験しているならば,何々のはずだ」のこの何々をみつければいいことになる.ただそれが難しい.PTGIの妥当性を検討した研究はこの何々の中に,例えば向社会的行動とか援助行動などを入れ,それとPTGIの結果を検討しているわけだけれど,どうもしっくりこない.この何々に当てはまる何かをつかめたらなあ...そもそも答えはあるのか.
  2. 楽観性の測定の仕方2:しかも,この論文ですごいのは,ただ32の出来事を羅列しただけではなく,まあまあ頻度が高いもの(そう珍しくない出来事,例えばインフルエンザとか関節炎)から頻度が低いもの(雷に打たれること,コカイン中毒になることなど)をいろいろと含めることによって,文化差にまつわる自分たちの仮説を検証している点だ.32の出来事はすべてネガティブなのだから,出来事の生起頻度の高低にかかわらず,自分にはめったに起きないだろうと考えればそれは楽観的ということだと決め付けてしまうのではなく,出来事の一般的な生起頻度を考慮に入れている点で本当によく考えられていると思う.それはつまり,一般的に見てめったに起こらないような出来事は自分にとってもめったに起きないのだから,他の人と比べるまでもなく自分にはよっぽど起きないだろうと考えるわけで,必然的に楽観的な方向にひきずられる.けれども,一般的に見て頻度の高い出来事は一般に起こりやすいのだから自分にふりかかっても不思議はないわけでそうなると逆に悲観的な方向にひきずられる.そして実際,彼らの研究では,このように他の人と比べて自分はどうかと問うた場合には認知バイアスの影響が強いことから,日米で,楽観的かどうか,悲観的かどうかに文化差のないことが見出されている.
  3. 楽観性の測定の仕方3:そして,最も大事なのは,その聞き方を直接的な方法と間接的な方法の二つに分けていることだ.直接的な方法とは,上述のように,同い年で同じ性別の人と比べて自分にそのことが起こりやすいかどうかを聞くけれど,間接的な方法とは,まず自分にそのことがどの程度起こりやすいかどうかを誰とも比較しない状態で聞く.でそれが終わってから他の人にそのことがどの程度起こりやすいかを聞く(もちろん研究の中ではカウンターバランスされている).そして,その両方のずれでもって,楽観性をみる方法だ.そうすると一般的に見て頻度の低い出来事は自分だけに焦点を当てた場合もまあそれほど起きないだろうと考えるけれど,他の人に焦点をあてた場合も同様にそれほど起きないだろうと考えるはずで,でも楽観的なものの見方をする人というのは,ここで差がでるはずだと考える.つまり,自分には本当にめったにおきないだろうけど,他の人にはまあもうちょっとくらいは高い頻度で起きるかもというわけで差がみられるはずだというわけだ.実際彼らの研究では,この間接的な方法を用いて楽観性を測定すると,文化差が顕著に出て,アメリカ人の方がより楽観的であり,日本人の方が,「自分」への頻度と「他者」への頻度の間にほぼ差がない,つまり非現実的なほどの楽観性はみられなかった(現実的?)という結果であった.

PTGが何に影響を及ぼすかというその次の要因としてよく挙げられるのが心的準備性だ.つまり,一度大変な出来事を経験してそこから人間としての成長を経験した人は次何かあっても自分が持ちこたえることができるのではないかという心の備えを持つことができるのではという考え方だ.だとすると,もしかするとこの研究で使っているような方法を用いることで,PTGを経験している人のその後の認知的特徴(特に健康や命にかかわるような出来事の将来的な可能性についての認知)を調べることができるかもしれない.

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