Groleau, Calhoun, Cann, & Tedeschi (in press)
Groleau, J. M., Calhoun, L. G., Cann, A., & Tedeschi, R. G. (in press). The role of centrality of events in posttraumatic distress and posttraumatic growth. Psychological Trauma: Theory, Research, Practice, and Policy. doi: 10.1037/a0028809
6月のPTG&レジリエンス研究会で得たさらなる収穫は,「記憶」特に「自伝的記憶」という研究領域とPTGの関連だと思う.日本に一時帰国する直前の5月頭にMPA (Midwestern Psychological Association)という学会がシカゴであり,研究室のメンバーと参加し,私たちも3つの研究成果を発表した.その時にオハイオ州のMiami Universityから大学院生が何人が参加していて,彼らが”event centrality(出来事の中心性)”とPTGの関連について発表していた.それまで,UNC Charlotteのテデスキー先生たちから,Event Centralityという概念が注目されていて,自分たちもある調査で導入したとは聞いていたけれど,実際に勉強したことがなかったので,そのMPAの発表はとても新鮮だった.そして日本に一時帰国し,PTG&レジリエンス研究会の場で自伝的推論が御専門の認知心理学の先生と出会い,さまざまな概念(自伝的記憶,自伝的推論,出来事の中心性,想起時点での自己,自己定義的記憶などなど)について勉強させてもらうなかで,私の頭の中も,これまでまったく考えたことがなかった方向からPTGを見るチャンスとなり,整理されつつあるような感じがした.そしたらいいタイミングで,テデスキー先生たちから,この論文が「アクセプトされた」と連絡がきた.
- 研究の目的:出来事の中心性,つまり自分に起きた出来事が自分の人生の一部になったと認知しているかどうかはPTGとPTSD症状の両方に影響を及ぼすことが指摘されている.そこで本研究では,先行研究から分かっている,これら二つの従属変数にとって有意な予測子をコントロールした上で,この新しい変数(出来事の中心性)がどの程度モデルの説明に寄与するかを検討した.
- 研究対象:さまざまなつらい出来事を過去2年以内に経験した大学生が対象となった.
- 調査に使用した尺度:階層的重回帰分析を行うため以下の6つの尺度が使用された.
- PTGI (Posttraumatic Growth Inventory):PTGモデルの被説明変数.
- PTSD Checklist (PCL):PTSDモデルの被説明変数.
- Core Beliefs Inventory (CBI):両方のモデルの一番最初(step 1)に入れられた説明変数で中核的信念がどの程度揺さぶられたかどうかを測定する尺度
- Event Related Rumination Inventory (ERRI):モデルのstep 2に入れられた説明変数で出来事に直接関連した侵入的思考と意図的思考を測定する尺度
- Meaning in Life Questionnaire (MiLQ):モデルのstep 3に入れられた説明変数で出来事の意味づけを問う尺度
- Centrality of Event Scale (CES):モデルの一番最後の段階(step 4)に組み込まれた説明変数で出来事の中心性を測定する尺度
- 結果:PTSDモデルにおいてもまたPTGモデルにおいても,これまでにわかっているstep1からstep3で投入された説明変数に加えて,出来事の中心性が有意な正の影響を及ぼしていた.
- 考察:PTSDとPTGは単純相関が.12と低い値であることから,例えば人間としての成長を経験していればしているほどPTSD症状が軽減しているとか,あるいは成長を経験している人ほどPTSD症状としての痛みもまた強く経験しているなどの関係は想定できない.少なくとも両者は線形の関係にはない.けれども,出来事の中心性というこの新たにモデルに投入した説明変数はこの両方にとって正の有意な影響を及ぼしていて,逆説的で矛盾しているように見える.なぜこのような結果になってしまったかの説明としては,出来事の中心性を測定する尺度がどんな意味でその出来事が中心となったかどうかを測定できていないことにも関係するかもしれない.つまり,自分は犠牲者であることに変わらず,マイナスの意味でその出来事が自分の人生の中心となっているのか,あるいは犠牲者でありつつも同時に克服しつつある自分としてのアイデンティティが芽生え,プラスの意味も含めてその出来事が自分の人生の中心となっているのかが現在の尺度では測定できない.したがって,尺度の改定が必要であり,今後ますますの研究が必要だろう.
というわけで,Event Centralityは尺度そのものには改善点があるかもしれないけれど,『出来事の中心性』というのはとても有意義な視点だと思う.激しい心の痛みを伴う出来事が,多くは予想しない状況で起きたがために,時間の経過とともに心の葛藤やもがきを経験し,人と助け合ったり,自分自身でいろいろなことを考えたりするなかで,徐々にそれが自分の人生に組み込まれてゆき,そのプロセスのなかで自分が以前とプラスの意味で変わった部分があるということに思い至るのがPTGである.なので,起きてしまった出来事が自分の人生から切り離されて認知されており,それが自分の人生の一部にはなりえないと抗う気持ちがあったり,否認する心の動きがあったり,あるいは実際そこまでインパクトはないというコーピングを用いたりして出来事に対処することは,状況によってPTSD症状の低減に寄与することはあるかもしれない.けれども,PTGにはプラスに働かないと思われる.
このことが意味するのは,PTGを促進するモデルとPTSDを軽減するモデルは同一ではないということである.さらに,PTGをさまたげるモデルとPTSDを悪化させるモデルもまた同一ではないということである.だとしたら,PTGが抑制されてしまうメカニズムを説明するためのモデルを構成するためには従属変数は何になるんだろう.先行研究でパス解析や重回帰分析を使ったモデルのほとんどはPTGI得点が従属変数,つまり,PTGがどのような要因によって説明されるのかを検討するためのモデルになっている.PTGがどのような要因によって促進されるのかを説明するモデルとPTGがどのような要因によって阻害(抑制)されるのかを説明するモデルが違うことをどうやって示すことができるのか?説明変数のリストの中で重複するものもあればそれぞれに独自のものもあるだろうから,説明変数の同定はそんなに難しくないと思う.やっぱり従属変数をどうするかだ.PTGIの低得点ではなくて,何か別のものが必要だと思う.