Roepke (2013)

3月 30, 2014

Roepke, A. M. (2013). Gain without paints? Growth after positive events. Journal of Positive Psychology, 8, 280-291. doi: 10.1080/17439760.2013.791715

前回,PTG に関連して,PTDという略語があると書いた.PTGとPTDは,PT(Posttraumatic)の部分が共通していることからわかるように,両方とも,トラウマを引き起こす可能性がある出来事をきっかけとした心理的な変化を指すという点で共通している.そして違いは,3つ目のアルファベットで,「G」つまりGrowth(成長)というふうに望ましい方向への変化を示すのか,「D」,Depreciation(下落)というふうに悪い方向への変化を示すのかにあった.実はPTGに関連して,PEGという略語もある.この論文がそのPEGを提唱したものである.PTGとPEGでは「Post」の部分と「Growth」の部分が共通している.つまり,ある出来事をきっかけとした人格的成長を示すという点で共通している.違うのは真ん中の部分.PTGは「T」,つまりトラウマを引き起こす可能性があるようなストレスフルな出来事がきっかけとなっているが,PEGは「E」,つまり快感や喜びをもたらすような「Ecstatic(恍惚となるような)」出来事がきっかけとなる.PTSS, PTG, PTD, PEG,そして私が明日出版の本の中でふれたPPTG,となんだかふざけているみたいに見えるけれど,人が人生の中で節目となるような大きな出来事を経験した際,それにどのように反応し,対処してゆくのか,人として,どう成長・進化してゆくのかということをいろいろな観点で説明しようとしているという点では皆共通していると思う.

  • 問題と目的:痛みなくして成長なしと言うが,はたしてそれは本当だろうか.喜びや感動で胸が震えるような人生上の大きな出来事からも人は成長しえるのではないだろうか.これまでの研究では,死別を経験した人,災害を経験した人,事故に遭遇した人,大きな病にかかった人など,つらい気持ち,悲しみや怒りなどの負の感情を引き起こすような出来事からの成長が主に検討されてきた.本研究では,正の感情を引き起こすような出来事(例えば結婚,出産,大学合格,スカイダイビングなど)からの心理的な成長について検討する.
  • 方法:600名あまりの成人を対象として,これまでの人生で記憶に残っている「ベスト」な体験,つまい,それが起きた当時「最高の気分」になったような体験を思い出してもらい,記述してもらった.その内容について問う項目(いつ起きたか,達成感を伴うようなものであったか,など)にもいくつか回答してもらった後,それをきっかけとした成長について問うために新しく開発したIGPE (Inventory of Growth after Positive Experiences)に回答してもらった.これは全部で42項目からなるものであったが,因子分析等をへて,最終的に19項目からなる尺度である.これに加えて,セリグマン博士の研究室で開発された新しい尺度,DOQ (Doors Opening questionnaire),その他いろいろな尺度(楽観性や社会的望ましさ,人生に対する満足度などなど)に回答を求めた.
  • 結果:PEGを測定するために作成されたIGPEを因子分析した結果,4因子(意味づけ,精神性的変容,人間関係上の変容,自尊感情についての変容)が抽出された.内容を検討した結果,PTGIでこれまでに見出されている5つの因子(人間としての強さ,他者との関係,新たな可能性,精神性的変容,人生に対する感謝)とよく対応するもので構成されており,ポジティブな出来事からの成長も,ネガティブな出来事からの成長と同じような次元で理解できることが示唆された.また,ポジティブな出来事と言っても,その性質(何か達成したというような内容,婚約したとか結婚したなどの恋愛関係に関する内容など)によって,もたらされる成長の内容には違いがあることが明らかにされた.
  • 考察:本研究の結果,ポジティブな出来事からも人は精神的な成長を実感していることが明らかにされた.

私がこの論文を読んでなるほどなと思った点は,三つある.

  1. 著者は,この論文の中で,精神的に成長するということと,より幸福になるということは別個のことだと言っている.さらに,世界観が変わって,ものの見方がより柔軟になったり,広がったり,多角的になるなどの人間的な成長をとげることと,一時的に気分が高揚したり,満足感を得たりすることは別なのだと言っている.これは,幸福でもウエルビーングでもなく「成長」という概念を持ち込むことの意義を示しているように思う.
  2. 著者は,この論文の弱点として,きっかけとして報告された「ポジティブな」出来事が,どこまでポジティブか疑問の余地が残ると述べている.確かに,出産,結婚,資格試験や昇級試験の合格など,その瞬間は最高に幸せな気分をもたらすかもしれないけれど,それが永久に続くわけでもなければ,苦しみや悩みが全く伴わないわけでもない.少なくともこの研究で取り上げられたポジティブな出来事はどれもつらい出来事と背中合わせの面があるかもしれない.
  3. 著者は,考察のところで,ある大きな出来事をきっかけとして人が変わることについて,進化論の考え方を引っ張り出している.「エボルーショナリーサイコロジー」,今,私のいるオークランド大学では本当に大ブームだ.PTGにどう関連するかというところだけに焦点を当ててざっくり言うと,二つの立場がある.ひとつめ.人は徐々に変わる生き物だから,毎日毎日,はっきりとは自覚していなくても成長している.ただし,はっきりとした区切りがないと,その成長が見えずらい,なので,大きな出来事が起きると,その前と後というふうに区切ることができて,自分の成長が自覚されやすいという立場.そしてふたつめ.人はある出来事をきっかけとして,突如変わることがあるという立場.前と後の関係がほぼなく,突然変異を遂げるという可能性を認める立場である.私の立場は前者にあたる.というか,どちらかというと前者なんだけれど,もひとつ自分の言葉に自信が持てない.劇的な変化を目にしたとき,「変わるべくして変わった」なんて,あとづけではないと言い切れるだろうか.

今日のところは以上です.

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