Heintzelman, Murdock, Krycak, & Seay (2014)
Heijtzelman, A., Murdock, N. L., Krycak, R. C., & Seay, L. (2014). Recovery from infidelity:Differentiation of self, trauma, forgiveness, and posttraumatic growth among couples in continuing relationships. Couple and Family Psychology: Research and Practice, 3, 13-29. doi: 10.1037/cfp0000016
最近,来年のサバティカルに合わせて新たに始めたいと思っている研究のことをよく考える.これまで依拠してきたTedeschi&CalhounのPTGモデルになるべく固執しないように,ブレインストーミングの方法として私が今やっているのは,文献をレビューしながらメモを取るという方法だ.レビューする文献は,これまでに全くと言っていいほど勉強してこなかった領域についての論文と,これまでに自分がやってきた領域の論文を交互に読むように心がけている.例えば,「PTG」関連の論文を読んだ次の日は「比較心理学」の論文を読む.で,また「PTG」関連の論文を読んで,次は「言語心理学」の論文を読む.昨日は「環境心理学」の論文を読んだ.なので今日は「PTG」関連.というわけで,今日読んだこの論文がとてもおもしろかったのでそれを以下にレビューしたい.
- 問題と目的:夫婦や恋人など,カップルの間で「不貞」は大変なストレスを引き起こす出来事である.本研究では,調査時点からさかのぼって6ヶ月以上前に,パートナーに浮気(性的交渉)をされた人を対象として,その出来事からの時間の経過,PTSD症状,自己の分化(相手との関係において自律的であり,かつ充分に親密である状態),パートナーとの関係,自分たちの関係についての満足度,不貞に対するゆるし,そしてPTGについての関係を検討した.
- 方法:パートナーに不貞があり,かつ別れを選ばなかった587名(21歳から74歳)の成人が質問紙調査にオンラインで回答した.
- 結果:上述の全ての変数を予測因子として,PTGを従属変数とする階層的重回帰分析を行ったところ,有意な予測子は「ゆるし」のみであった.
- 考察:不貞からの時間の経過はストレス反応には影響してもPTGには影響を及ぼしていなかった.時間の経過がPTGに影響を及ぼさないという結果は先行研究と一致する.現在のパートナーとの関係や満足度などの要因はどれもPTGには影響を及ぼしておらず,ゆるしのみがPTGを予測していた.ゆるしにまつわる他の研究から,パートナーの不貞をゆるすことができた人の方が抑うつが低くて満足度も高いという結果が得られているので,本研究の結果もそれらに追随するものだと言えよう.今後は,浮気された方のみを対象とするのではなく,不貞を行った方も含めて,両者に縦断的に問うていくことが必要だろう.
読んだ直後は,(そうかー,統計的にみると「ゆるし」と「PTG」に正の相関が出てしまうのか.なんとなくがっかりだな)と思った.もちろんカウンセリング心理学などの領域で,「ゆるすことは簡単ではないからこそ,人をゆるし,自分をゆるすことができたらどれだけ楽か」というメッセージはよく発信されている.なので,どれだけ考えても,PTGとゆるしの間に正の関係が出てしまうのはしょうがない.確かに不貞があって,しかもその関係を清算しない道を選んだ場合(あるいは,ある理由によっても別れを選ぶことができない場合),相手を「ゆるす」ことで,毎日の気持ちのもちようが変わってくるのかもしれない.けれども,こういう結果は個人的には受け止めがたい.それは,「ゆるす」ということが,「大変につらい出来事からの人間としての成長」と正相関する知見が表に出ることで,「ゆるせない自分はダメなのではなかろうか」,「ゆるせることで人間としての成長になるのだったら,自分は全然だな」などとの自己非難を強めてしまうのではないかと思うからだ.
そもそもこの「ゆるし」,PTGの結果変数として扱うのは無理があると思う.「ゆるした.本当にもうなんとも思っていない」とどれだけ繰り返しても(そして自分自身どれだけそう信じていたとしても),ある角度からみると(全くゆるせていない)ということがある.逆に「ゆるしていない」とどれだけ繰り返しても,実は別の目的のためにあえてそうしているだけで,とっくの昔にゆるしていたのではないか,とはたと気づくいうこともある.皆がゆるしても,自分だけはゆるさないという気持ちを持つことで,社会や周りを変えるエネルギーになる場合もなくはない.
というわけで,自分の新しい研究に「ゆるし」概念を持ち込むにはあまりにもまだ考えることがあって難しいなと思うけれど,ここで使われているゆるしの尺度は「ゆるす」ということを認知面・感情面・行動面から3段階でとらえていて,それはすごく勉強になった.「ゆるす」の尺度なんて,結局のところ,(1)ゆるしたか,(2)ゆるしていないか,(3)わすれた(どうでもよくなった),くらいの3つしかないんだろうと思っていた自分があまかった.
というわけで今日のところは以上.