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Ryff & Singer (2008)
12月 20, 2015
Ryff, C. D., & Singer, B. H. (2008). Know thyself and become what you are: A eudaimonic approach to psychological well-being. Journal of Happiness Studies, 9, 13-39. doi: 10.1007/s10902-006-9019-0
4年に一度の国際心理学会議,ICP (International Congress of Psychology)が近づいてきた.最初にシンポジウムのお話をいただいたのは2013年の春だったので,当時は(おお!2016年の学会を今から計画するのか)とすごく先のことのように思っていた.けれどもいつのまにか時間はたっていよいよ来年の夏だ.私も共同研究者といくつか研究発表を企画している.そこで今回はこのICPのKeynote Speakerの一人であるCarol Ryffの論文をレビューしたいと思う.彼女の言う「心理的ウエルビーング(Eudaimonic well-being)」はレジリエンスやPTG研究ともなじみが深く,Stephen Josephなんかは,辛い出来事に引き続いて体験される心理的ウエルビーングがPTGだ(PTG = eudaimonic happiness following tragic life events)と言っているくらいだ.研究の歴史も含めてこのあたりの概念は皆似通ったところがある.
- イントロ:この論文では,著者がどのような経緯で心理的ウエルビーングに着目するようになったかを論じ,その6次元とはどういうものか,PWB尺度を用いた調査からはどのようなことがわかっているのかを解説したい.人間にとっての幸福について考える中で,主観的な満足度,あるいは気分としての楽しさや幸せとは別の次元,すなわち人間としてよく生きるということの中にあるウエルビーングを著者らはユーダイモニック・ウエルビーングと呼んでいる(確かに著者がP.13で認めているようにEudaimonicとはスペルも発音もしずらい言葉だ.あるウエブサイトで日本語では「エウダイモニック」とカタカナが当てられているのを見たのでもしかするとそちらの発音が正しいのかもしれない).
- 心理的ウエルビーングの6次元:オールポートの成熟した人格という概念をはじめとして,ロジャーズ,マズロー,ユング,エリクソン,ニューガーテン,フランクルと多くの先人が人間として「よく」生きるということ,逆境や壁にぶつかったときどう生きるかということ,そして人間としての真の幸福というものについて様々な考えを示してきた.そこに共通して見られる要素を抽出して構造化させたのが以下の6次元だ.
- 自己受容―ありのままの自分を受け入れることができ,自分自身のことを好きだと思えること.
- 他者とのポジティブな関係―信頼できる人間関係,友人関係を持てているということ.
- 人間としての成長―これまでにも成長してきたし,これからも成長し続けたいと思えること.
- 人生における目的―人生に生きる目的や夢があること.
- 環境を制御・支配すること―刻々と代わる周りの状況に臨機応変に対応し,うまく適応できていること.
- 自律―自分の行動や生き方を自分で決めることができること
- PWB尺度(Psychological Well-being Scale)を使った調査研究の結果:この尺度が発表されて以後,パーソナリティやアイデンティティ発達など様々な尺度との相関研究がなされてきた.その結果は他に譲るとして,本稿ではソシオデモグラフィック変数との関連について紹介する.横断的研究の結果,男女共に年がいくにつれて「人生における目的」や「成長」は低下し,逆に「自律」や「環境の制御・支配」は高まっていた.ユーダイモニック・ウエルビーングを語る上で最も重要な二つ「人生における目的」と「成長」が低下していたのは,現代社会が高齢者にとってこれらを見出す機会を充分に与えることができていないからではなかろうか.そしてこれら二つの次元は,男女を問わず,高学歴の人ほど高いことも示された.この結果は,ウエルビーングが私達の身の回り,生活状況とは切れない関係にあり,だからこそ自己実現への機会は均等に分けられているわけではないということもまた知っておくべきことだということを示唆している.またこれらに加えて,いくつかの研究ではユーダイモニック・ウエルビーングが様々な生物学的機能に影響を与え,身体的健康に影響を及ぼしえることもわかってきた.これは非常に重要な点である.
- まとめ:本稿ではユーダイモニック・ウエルビーングについての哲学的・理論的ルーツを再検討し,人間が良好な状態であるということ(human well-being)にまつわる研究領域において著者のこのアイデアがどう貢献しているのかを明らかにすることにあった.もちろんどれほどの貢献があったかどうかは他の人が評価すべきことかもしれない.また,概念的に様々な批判や問題点が論じられていることも承知している.文化によって幸せとは何かが異なるという文化心理学者の意見もあれば,我々の人間としての種に固有の何か共通したものがあるのではないだろうかという問いもある.まだまだたくさんの疑問が残されている.なので,本稿をまとめるにあたって,さまざまな意味での「バランス」の重要性を強調しておきたい.そもそも人生の目的がたくさんありすぎる,逆にほとんどないということが意味するのはどういうことなのか.自分のことをよく知りすぎている,逆にほとんど知らないということはどういうことなのか.個人だけでなく,家族,集団レベルでの健康を考えるにあたってこういった問いを追求することはとても大切だと考える.
以上
今年も皆様大変お世話になりました.2016年もどうぞよろしくお願い致します.