Hefferon, Grealy, & Mutrie (2010)
Hefferon, K., Grealy, M., & Mutrie, N. (2010). Transforming from cocoon to butterfly: The potential role of the body in the process of posttraumatic growth. Journal of Humanistic Psychology, 50, 224-247. doi: 10.1177/0022167809341996
こ れは,イギリスのポジティブ心理学研究者によるPTGの質的データを元にした論文.私自身は,PTGをポジティブ心理学の一部だと位置づけて研究しているわけではないので,ポジティブ心理学を研究している学者によって語られるPTGにはとても興味がある.同じ現象を研究しているにもかかわらず,引用する論文も違う上に,そこに横たわる価値観やとらえ方などが大きく違うので,とても新鮮な感じがする.この論文は,それに加えて,タイトルにもとても興味を持った.「まゆ(さなぎ)から蝶への転換:PTGプロセスにおいて身体が持つ役割について」.私はまもなく風間書房から2冊目の本を出させていただく予定だけれど,その中で,「人はさなぎから蝶になったという結果をもって成長の実感を抱くことが多いが,さなぎの時にも成長が止まることはない」と論じたばかりだ.だから,このタイトルにはとても興味を持った.しかも,論文を読んでみて,なぜ乳がんサバイバーの方たちの語りが「さなぎから蝶へ」という比喩になるのか,とてもよく納得できた.さらに,心理学者として,つい「心(認知や信念,感情)」にばかり目が向いてしまうけれど,この論文では「身体」が果たす役割について論じていて,そういう点からも,この論文はとても貴重だと思う.
- 研究の目的:解釈的現象論的分析(interpretive phenomenological analysis:IPA)という方法を用いて,PTGに関する質的データを分析することによって,従来のPTGに関する理解をさらに深め,乳がんサバイバーにおけるPTGを検討すること.
- 研究の方法:10名の乳がんサバイバー(43歳から63歳の既婚女性)が,自由面接に参加した.その逐語記録が今回のデータとなっている.
- 研究の結果1:乳がんサバイバーが経験しているPTGには,身体が大切な役割を果たすことが示唆された.その役割について,本研究では3つにまとめている.
- ひとつめは,新しい身体への恐怖(再発の可能性や,自分の体が弱ってしまったのではないかということから来る怖れ,自分の身体が自分自身ではコントロールできないということから来る恐怖など)に関する語り.
- ふたつめは,化学療法が身体に及ぼすネガティブな影響(体重の増加,味覚の変化,疲労や倦怠感,性的欲求の減退など)に関する語り.
- みっつめは,これらふたつの段階を経た後に,自分自身の新たな身体と再結合する感覚を通してPTGが実感される語りである.例えば,化学療法の終了にともなって,世界から隔離されていた自分(さなぎとしての自分)から,生きるエネルギーが戻ってきて,髪がまた伸びてくるなど(蝶としてのはばたき)へという変化が実感を伴って語られていた.さらに,自分自身の健康状態を測るバロメーターとして身体の声をこれまでよりもよく聴くようになったという語りも見られた.このように,自分自身の身体とよく対話をするようになることが,とりもなおさずPTGを促進していることがインタビューからうかがえた.
- 研究の結果2:さらに,今回の研究対象となった10名の女性が,いかに,自らのアイデンティティ(自分らしさ)にとって不可欠な構成要素として身体をとらえているか,そして,それがどんなふうにPTGに影響を及ぼしているかも明らかにされた.
- 考察:PTGのプロセスにとって決定要因となりえる身体の持つ役割について,これまでほとんど注意が払われてこなかったが,今後は,身体にまつわる要因についても検討していくべきである.確かに,この論文の著者によって指摘されているとおり,PTGの理論モデルでは,その体験がどのように我々の中核的信念を揺さぶったか,それについてどのように考えたか(侵入的思考から意図的熟考へ),人と対話をすることがあったか,などに焦点を当てていて,身体との対話という側面については直接的には触れられていない.これは出来事のタイプにもよるからなのかもしれない.この研究のように乳がんサバイバーをはじめとして,事故にあった方など,身体に直接関係する出来事を経験した人にとっては,身体面での変化が避けては通れないため,それを「症状」としてのみではなく,「バロメーター」としてうまく活用し,自分らしさを再構築していくという見方は意味あるものだと思う.
私がこの論文を読んで,さらにおもしろいと思った点は,インタビューの最初の問いかけが「What does finding positive benefits from your trauma mean to you? (あなた自身のトラウマからポジティブな恩恵を見出すことは,あなたにとってどんな意味がありますか)」というものだ.著者らは,PTGではなく「Positive benefits(ポジティブな恩恵)」を使った理由として,Posttraumatic growthのgrowthががんの腫瘍が大きくなることを示すgrowthと勘違いされるのを防ぐためだと説明している.Growthという用語が持つ多義性がうかがえて,ああ,なるほどと思った.2年ほど前に私たちの研究グループでは,日米の高校生を対象に「Personal growth(人としての成長)と聞いてどんなことを思い浮かべますか?」というアンケート調査をした.そしたら,過半数の高校生が日米ともに,「背が高くなること」「大きくなること」「ひげが生えること」「胸が大きくなること」といった身体面の成長を挙げた.成長というのは,日常場面では身体に使う言葉なのかもしれない.そして,人間としての成長という意味での成長は,あまり日常場面でしょっちゅう使う言葉ではないんだろうなという気がする.精神面での成長はそもそも非言語的なものなんだろうとつくづく思う.