Moore et al. (2011)
Moore, A. M., Gamblin, T. C., Geller, D. A., Youssef, M. N., Hoffman, K. E., Gemmell, L., Likumahuwa, S. M., Bovbjerg, D. H., Marsland, A., & Steel, J. L. (2011). A prospective study of posttraumatic growth as assessed by self-report and family caregiver in the contexdt of advanced cancer. Psycho-Oncology, 20, 479-487. doi: 10.1002/pon.1746
学会APA(American Psychological Association)が終わった.Dr. Steven Hobfollのトークを聞いて彼と話ができたことは大きな収穫になった.PTGに反対している研究者と意見を交わすことはいい刺激になる.またプライミングを使った実験研究にたくさん触れることができたのも収穫だ.それに関連してTMT(Terror Management Theory: 存在脅威管理理論)の研究発表がいくつかあって,彼らとPTG対TMTの話ができたのも大きい.ミシガンに戻ってから久しぶりにまた脇本竜太郎氏の「存在脅威管理理論への誘い(サイエンス社)」を読んだ.「存在論的恐怖を思い起こさせるような刺激や状況に出会うと,人は自尊感情を獲得するような反応を示したり,文化的世界観を擁護したりするようになる(P.10)」というTMT研究で積み上げられてきた知見に依拠するならば,PTGもまたそのような状況において圧倒的な恐怖から自らを守るためのメカニズムと言えるのかもしれない.でもそうかな.それで説明できるのかなという漠然とした疑問もある.そんなことを考えつつ,このMooreらの論文を読んだのでそれをレビューしたい.
- 目的:三つある.一つ目の目的は肝胆道がん患者におけるPTGを調査すること.二つ目の目的は患者自身が自分で自覚しているPTGと,家族など介護をしている人からみた患者のPTGとの間の一致率を調べること.そして三つ目の目的はPTGとその他の関連変数(抑うつ,楽観性,抑うつ症状やQOLなど)との関連を検討することである.この論文の中に「TMT」は一切出てこない.でもTMTを考えている時にこの論文のことが頭に浮かんだのは,この論文ががん患者の縦断データを分析しているからだ.照らし合わせるならばTMTで言う「存在論的恐怖を思い起こさせるような状況」というのがこの論文で言う「がんとの診断を受けた時点」ではないかと思い,もしそうならば,診断を受けた時点でのPTGの方がそれから数ヶ月後のPTGよりも高く報告されるのではないかと思った.
- 調査対象者(本人):202名のがん患者(73%が男性).そのうち53名が3ヵ月後の調査にも参加し,30名が6ヵ月後の調査にも参加した.
- 尺度(本人):PTGを測定するPTGI.抑うつ症状を測定するCES-D.楽観性を測定するLOT-R.情緒的表出に関連するCECS.クオリティ・オブ・ライフを測定するFACT-Hep.患者と介護者の関係性を測定するPRQ.そして過去のトラウマ経験を測定するTES.
- 調査対象者(介護者):患者の介護をしている人83名(家族が大部分ではあるが必ずしも身内とは限らない).
- 尺度(介護者):介護者から見て患者がPTGを経験しているかどうかという評定.介護者本人のPTG(「あなたにとって大切な人が診断を受けたことをきっかけとして以下21項目に示すような変化はありましたか」というように教示文を一部変更して実施).
- 結果:PTGIの5つの下位尺度の内,「他者との関係」を除く4つの下位尺度において診断時,3ヵ月後,6ヵ月後の時点で有意な差は見られなかった.「他者との関係」のみ,診断時よりも6ヵ月後の時点でPTGが高かった.患者本人のPTGは抑うつ症状ともQOLとも有意な相関を示さなかった.患者本人のPTGと関連していたのは,楽観性,過去3年間に経験したその他のトラウマであった(両方とも正の関連).患者本人のPTGと家族など介護をしている人から見た患者のPTGの間には,すべての調査時点で高い一致率が得られた.また介護者もPTGを経験していた(詳細は不明).ただし,患者と介護者の関係性の質とPTGの間には有意な相関は見られなかった.
- 考察:本研究の結果,PTGは時間的に安定しており,本人評価と他者からの評価の一致率も高いことが分かった.またがん患者のみならず介護者もPTGを経験していることが分かった.
私が論文を読む前になんとなく思っていた仮説,「診断時点でPTGが最も高く,そこから徐々に下がる」というのは全く支持されなかった.けれども,この論文ではがんと診断される以前にどのようなトラウマを経験したかも分析に組み込まれていて,その結果,過去3年以内に大切な人を亡くしたという経験や怪我をしたという経験をしている人のほうがPTGが高いという結果が得られている.これは過去のトラウマ体験がベースとなっていて,後にがんという診断を受けた際に,そういうトラウマ経験のない人よりも余計に「存在論的恐怖」が刺激されたため,このグループでPTGが高く報告された,つまりTMTが正しいと解釈できるかもしれない.それに,「診断を受けた時点で存在論的恐怖が最高潮に高まるはずだから,PTGは徐々に下がるだろう」というそもそもの私の考えもおかしい可能性がある.診断から時間が経過すればするほど,じわじわとその恐怖が募る可能性もあるからだ.
でも,考えれば考えるほど,この「存在論的恐怖」という概念は,falsfiable(間違っていると証明可能な科学的な概念)なのかなと疑問が募る.精神分析の男根羨望みたいに,(私は女性であるけれど,男性が皆持っているペニスを羨ましいという気持ちはない)と言ったところで,(いや,その欲望は無意識なのだから,自覚的でないのは自然なこと.抑圧している)と言われれば返す言葉がなくなるみたいに,(死ぬことは怖くない)と言っても,(いやそれは無意識であって,皆誰でも死ぬことは怖いし,それは自明の理である.ただ意識に上らないだけ)と言われればなんとも言いようがない.でも,同じ理屈はPTGにもあてはまる.(そのことをきっかけに自分としては全く成長していない)と言っても,(いや自覚していないだけで成長している)と言われれば,返事のしようがない.墓穴を掘ったか.
以上.