ホーム > PTGの文献・出版物 > DeViva et al. (2016)

DeViva et al. (2016)

8月 14, 2016

DeViva, J. C., Sheerin, C. M., Southwick, S. M., Roy, A. M., Pietrzak, R. H., & Harpaz-Rotem, I. (2016). Correlates of VA mental health treatment utilization among OEF/OIF/OND veterans: Resilience, stigma, social support, personality, and beliefs about treatment. Psychological Trauma: Theory, Research, Practice, and Policy, 8, 310-318. doi: 10.1037/tra0000075

8ヶ月に及ぶ日本でのサバティカルが終わった.その最後に,次につながる興味深い論文をみつけたので紹介したい.この論文では,「PTSD症状などが出ていないかスクリーニング検査をうけた結果,精神的健康に問題があるから,クリニック等の援助機関にリファーされた退役軍人」を対象に,彼らがリファーされた後,通院が継続するかどうかを検討している.研究者としては,受診につながり,治療施設が利用されることが望ましいわけだから,「実際の通院回数」や「心理療法と薬物療法の両方を受けたか」などを結果変数として,それに影響を及ぼす要因を検討している.その要因の中にPTGやレジリエンス,パーソナリティ,ソーシャルサポートなどが含まれている.そういった要因を調査した半年後に,調査協力者の治療記録にアクセスできるというのは,医療機関に所属している研究者だからこそのメリットであるかもしれないが,それにアクセスできてしまうからこそ,結果変数が「治療を受けたかどうか」というわかりやすいものになってしまい,それは(私の目からみると)デメリットである.

  • 背景:精神的健康に問題がある人のすべてが,治療施設を活用するとは限らない.中でも退役軍人は,通院していることがまわりに知られると弱い人間だと思われるのではないかといった懸念も含め,さまざまなバリアが邪魔して通院に至らないことが多い.したがって,本研究では,どういった変数が,治療施設の利用を予測しているか検討する.特に介入可能な変数(たとえば「治療の有効性に対する信念」)が,実際の受診に影響を及ぼしていることがわかれば,将来的に,「治療の有効性に対する信念」に直接働きかけるような教育や介入を実施することで,受診率を高めることができるかもしれない.
  • 研究の目的:受診行為に影響を及ぼす要因として,本研究では以下9つの要因を検討する.(1)PTSD症状,(2)レジリエンス,(3)スティグマ,(4)メンタルヘルスの治療に関する信念,(5)メンタルヘルスの治療に対する抵抗感,(6)意味づけ,(7)ソーシャルサポート,(8)パーソナリティ,そして(9)PTGである.このうち,レジリエンスに関しては,Bonannoらが定義しているような「ストレスやトラウマを経験しても重篤な症状を示さないこと」だという見方を取るのであれば,そもそもそういう人たちは治療を求めないであろうから,受診という結果に影響を及ぼす可能性は低いだろう.けれども,Connor&Davidsonらが定義しているような「時間と共に変化する特性」だという見方を取るのであれば,治療に対する抵抗感やスティグマを克服して,受診しようという動機付けを高めてくれる可能性もあり,受診に影響する可能性がある.したがって本研究ではレジリエンスを予測因子として含めるが,パーソナリティと同様に修正しやすい変数だとは考えない.本研究では,修正しやすい変数は「信念」や「治療に対する抵抗感」だと考えて,データを取り,以下三つの仮説を検証する.
  • 仮説:(1)個人内資源(レジリエンス,開放性,勤勉性)と個人外資源(ソーシャルサポート)の高い人ほど,6ヵ月後に治療を受けているだろう.(2)スティグマのレベルが高く精神的健康の治療に関して不適応的な信念を持っている人ほど,6ヵ月後の治療施設利用が下がっているだろう.(3)PTGや意味づけが高い人ほど,6ヵ月後の治療施設利用は下がっているだろう.
  • 方法:クリニックにリファーされた退役軍人125名の中で,調査時点で既に治療を開始している人,ないしは過去半年の間に治療を受けたことのある人などを除いた100人を対象とした.上述の9つの要因を測定する尺度を含む質問紙調査を実施し,その6ヵ月後に彼らが治療施設にアポイントを取ったかどうかなどの医療記録をチェックした.
  • 結果:100名中,34名は治療を開始していなかった.32名は心理療法のみ受けていた.31名は心理療法と薬物療法の両方を受けていた.そして3名は薬物療法のみであった.薬物療法のみの3名は抜かして,残りの群の間に,それぞれの変数に差がみられるかどうかを検討した.その結果,第一の仮説は支持されなかった.予想に反して,治療を受けていない群の方が,心理療法と薬物療法両方受けている群よりも,レジリエンスや勤勉性が高かった.第二の仮説も一部は支持されなかった.治療を受けている人の方が予想に反してスティグマが高かった.第三の仮説も支持されず,PTGや意味づけに群間差はみられなかった.
  • 考察:治療に関してポジティブな信念を持っている人(例えば「心理療法を受けることはストレスの克服に役立つと信じている」)ほど実際に受診しているという結果が得られたのは予想通りであったが,それ以外に関してはほとんど仮説に反した結果であった.例えば現在治療中の人ほど「自分は精神的健康上の問題で差別を受けたことがある」といったスティグマが高かったし,現在治療中の人ほどPTSD症状も高かった.この結果をどう解釈すべきか難しいが,こういった問題が強かったからこそ治療への動機付けが高まり,受診に至ったと考えることが自然であろう(ただしもしそうだとしたら,そもそもの仮説が間違っていたことになるが).また,9つの予測子の中で,PTGを除くほとんどの変数で変数間の相関が高かったという結果が得られており,これは,PTSD症状とともに,ソーシャルサポート,レジリエンス,パーソナリティなど多くの変数が一緒に動くことを示している.したがって,あまり変わらないことを想定している変数が受診率に影響を及ぼすであろうと仮説を立てたけれど,それらの変数も症状に応じて変化しているかもしれないことがわかったので,やはり,トラウマ前とトラウマ後の変数を両方取れるような大規模縦断研究が必要であろう.とは言え,将来的には,信念を直接変えるような介入をなるべく早期に行うことで,後の受診率を高めることができるだろう.

さて,この論文を読んでいろいろなことを考えた.大きく三つ.

ひとつめ:やっぱりPTGとレジリエンスは全然違うということだ.本研究の結果レジリエンスはPTGと相関なし(r = .07).レジリエンスはビッグファイブと強い相関があった(.69, .56, .60, .31, .50)が,PTGはビッグファイブと相関なし(-.05, -.04, -.04, .03, -.01とほとんどゼロ).まあ,PTGは今しばらく従属変数として,レジリエンスは今しばらく独立変数としてみておくのが無難ではないかと考える.PTGは,ある人にとっては「適応が良くなること」と同一かもしれないが,「社会に適応できているかどうかは今の自分にとってさほど重要でない」と考える人がいてもおかしくないのだから,「適応」に関する変数を従属変数とすることには違和感がある.また,PTGはある人にとっては「症状が軽減すること」あるいは「症状をうまくコントロールできること」かもしれないが,症状が悪化の一途をたどる中でも,あるいは症状に変化がない時にでも,そのしんどさの中で成長は実感されうるのだから「症状」に関する変数を従属変数とすることも違和感がある(実際多くの研究でこれをやって期待通りの結果は得られてこなかった歴史がある).なので,ここはもうこの結果を受け入れ,今しばらく,PTGは従属変数としてみておく方が良いだろうと考える.

ふたつめ:この論文を読んで,仮説検証型の研究をもっと推し進めるべきだという思いをあらたにした.特にこれだけジャーナルが増え,論文数が増え,インターネットで得られる情報量が増えた現在,「先行研究がほとんどなくて仮説が立てられない」ということは私の研究テーマではもうありえない.この論文では三つ仮説を立てていて,そのうちの一つ目と三つ目は全く支持されなかった.二つ目もほとんど支持されていない.そしてそのことを論文の中ではっきり認めている.でもAPAジャーナルにアクセプトされた.自分なりに仮説を立てて,データを取り,分析した結果,仮説が支持されなかったからと言って,「失敗だから,論文にならない」ということはないと勇気付けられる.少なくとも「仮説とかは考えず,ひとまずやってみたらこういうのが出ました」という論文よりは,読んでいておもしろい(思考が刺激される).

みっつめ:本研究は,「スクリーニング検査を受けて精神的健康に問題があると言われた人は,皆,受診することが望ましい」ということを前提として,「リファーされたのにもかかわらず受診,通院に至らなかった」のはその人に何らかの問題があるからだと考える.そして,その問題の所在は,性格など変えにくいものにも依拠しているし,「カウンセリングに通う人は弱い人に違いない」といった思い込みや信念など,修正可能な認知にも依拠している.そして変えうるもの(思い込み)が通院状況に影響を及ぼしていることがわかったのだから,これからはリファーされた人の受診率を上げるためにも,そういった負の信念やスティグマを除去していくような教育や介入をしていきましょう,と論理だてる.けれどもこれは,私は傲慢だと感じる.リファーされた人の全員が,受診したことで「ああ病院に通ってよかった」となるとは限らない.リファーされた人のうち,こういう特徴を持っていて,こういう性格の人ならば,「カウンセリングに通ってよかった」となる確率が高いけれど,こういう性格でこういう特徴を持っている人の場合には,その恩恵はそんなにたいしたことない,ということをもっと示すべきではないだろうか.

受診すべきかどうか,治療にどれくらいの頻度でどれくらいの間継続的に通うべきか,薬物療法のみに頼るべきか心理療法を並行すべきか,どれくらいの頻度で有酸素運動をすべきか,ヨガや座禅にどれくらいの時間を割り当てるべきか,野菜や魚をどれくらい食べるべきか,本をどれだけ読むべきか,家族や友達とどう過ごすべきか,思い通りにことが進まないときどう考え方を変えるべきか,「人はどう生きることが望ましいか」という研究者の価値観(先行研究に強くもとづく場合にはエビデンスベイスドであり,あまりもとづかない場合には個人的な考えになるので,この部分幅広い)が,操作的に定義した従属変数になって表れる.

けれども「どう生きたい(逝きたい)か」は人によって違うことを,皆,わかっている上で,その部分は量的研究ではどうしても難しい,そぎ落とされるのはしょうがないと考える.私も難しいと思っている.だから,事例検討や質的研究によって量的研究では見れない部分をみていこうとすることもよくわかる.けれども,ここをあきらめたらせっかく研究者になれたのにもったいないと思う.私はそのこと(つまり従属変数が人によって違うモデル)をもって「ダイバーシティ(diversity:多様性)」を研究に組み込むことの一つの形だと考える.自分はこれに取り組みたいのだと,サバティカルを終えて得心がいった.

以上

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。