Baker et al. (2008)
Baker, J. M., Kelly, C., Calhoun, L. G., Cann, A., & Tedeschi, R. G. (2008). An examination of posttraumatic growth and posttraumatic depreciation: Two exploratory studies. Journal of Loss and Trauma, 13, 450-465. doi: 10.1080/15325020802171367
今日は少し古めの論文をレビューしたい.それにしても,2008年の論文を「古め」と言わざるを得ないくらい,論文が日々怒涛のように出版されている.投稿先となるジャーナルの数が増え,研究者(というか論文を投稿する人)の数が増え,とにかくアカデミックな場面で数が重視され,書いて書いて書きまくれといわんばかりだ.数日前,あるジャーナルに投稿していた論文の査読結果がかえってきたが,そこに添付されていたレビュアーからのコメント:「引用文献に記載されている50本の論文のうち,過去5年(2011年からin press)に出版されたものが10本しかない.50本の論文のうち,2000年から2010年のものが約30本,1990年代のものが約10本と,知見が非常に古いと言わざるを得ない.現在の知見を反映させるように,引用文献のリストを修正するように」というものだった.なので,私達の研究グループは今リストの見直しに追われている.そんななか,今日はあえて2008年の論文をレビューしたい.というのも,今,これが結構注目を浴びているからだ.
- 論文の背景:人は大変につらい出来事を経験した後,PTGと呼ばれるポジティブな変化のみならず,PTD (Posttraumatic Depreciation)と呼べるようなネガティブな方向への変化も経験する.しかし,人はその両方を同時に経験するのだろうか?片方を経験するともう片方は経験しないのだろうか?現在のPTGIは,ポジティブな方向の変化のみを測定しているため,たとえ回答者がネガティブな方向への変化を経験していたとしてもその項目が準備されていないため,強制的にポジティブな方向のみ回答せざるを得ないわけで,回答にバイアスがかかっている可能性がある.そこで,両方向(PTG+PTD)を測定できるような尺度を開発する必要がある.ただし,気をつけねばならないことは,同じ項目に関して「プラスの変化」か「マイナスの変化」かというBipolar(双方向)型の回答形式にしたり,それに「変化なし」を加えるような,「マイナス―ゼロ―プラス」というような一直線上の回答形式にするべきではないという点だ.というのも,これまでの研究でPTGとストレス反応の間に正の相関が示されているように,人は「マイナスの変化(PTD)」と「プラスの変化(PTG)」を両方同時に経験し得る可能性があるからだ.もちろん,ストレス反応を「マイナスの変化」と置き換えて,PTGとPTSSを同時に測定するような研究や,両方向の変化を一つの尺度で測定するようなもの(たとえばChanges in Outlook Questionnaire: CiOQ: Joseph et al., 1993)などはすでに存在している.しかしそのような尺度では,同じ領域すなわち内容で,両方向の変化を同時に測定することができない(たとえばプラスの変化として感謝の気持ちを測定し,マイナスの変化として孤独感を測定するようなやり方だと,内容,すなわち領域が異なっている).したがって,PTGIで使われている5つの領域(人間としての強さ・他者との関係・新たな可能性・精神性的変容・人生に対する感謝)に対応する形で,かつ両方向の共存をゆるすような形式で,同時に測定しえる尺度の開発が必要である.
- 研究の目的:以上をふまえて,本研究の目的はPTGI-42(ポジティブな方向を測定するオリジナルのPTGI21項目と,それぞれの項目に対になるように作成された逆向きの変化つまりPTDを測定する21項目からなる,合計42項目)を開発することにある.
- 研究1:ストレスフルな出来事を経験した大学生を対象にPTGI-42を実施した.ポジティブな変化とネガティブな変化を同時に経験している人の割合を出すために,21項目PTGに対する回答と21項目PTDに対する回答をペアでみて,その両方に「まあまあ」以上の回答を示していた人がどれくらいいるかという割合を算出した.その結果,平均して27%の調査対象者が該当した.つまり,27%の人は全く同じ内容で両価的変化を同時に経験していることが示されたというわけである(なぜこのような分析をしているかと言うと,たとえば,21項目中ある項目でポジティブな変化を示していて,別の項目でネガティブな変化を示している場合には,必ずしも両価的変化を同時に経験しているとは言えないからである.具体例を示すと,『あの出来事をきっかけに自分が強くなったと感じている』と回答して『あの出来事をきっかけに人に思いやりの気持ちを持つことは少なくなった』と回答した場合,両者は違う領域の内容であるため,PTG-PTD同時経験とは言えないという意味である).ちなみに,21あるPTG-PTDペアの中でばらつきは生じており,最も低い共存率を示した項目で11%,最も高いものが47%であった.これは,内容的に真逆の変化を同時に経験しずらいものがあるということである.例えば「宗教的信念が強くなった」と「宗教的信念が弱くなった」で,両方に同時に「そのような変化をかなり経験した」と回答することはどうもしっくりこない.研究1では,これ以外の結果として,PTG21項目合計得点の方がPTD21項目合計得点よりも高かったこと,両者の間に有意な相関関係は見出されなかったことなどが挙げられている.
- 研究2:研究1とほぼ同じであるが,項目の示し方が変更された.研究1では,先にオリジナルのPTGI21項目を提示し,それへの回答をすべて終えてもらった後に,PTDを測定する21項目を示していたが,研究2では,PTDを測定する21項目とPTGを測定する21項目を対にして提示した.どちらを先に提示するかはランダムとした.その結果,研究1とほぼ同じ結果が得られ,27%の人が同じペアの中で両方向の変化を経験していた(最も低かったのが10%,最も高かったのが52%).両方の合計得点の間に有意な相関関係は見出されなかった.
- 研究の考察:本研究の結果,約四分の一くらいの人はPTGだけないしはPTDだけを報告するのではなく,その両方を同時に経験していることが明らかにされた.直感的には「ポジティブな変化」を経験している人は「ネガティブな変化」を経験していないだろうと思いがちであるが,それは間違っていることが示されたわけである.ただし,程度としてはPTGの方が高いことが示されたため,人は少なくともこの5領域においては,ポジティブな変化の方を経験しやすいことも明らかにされた.またPTGとPTDの間には負の相関はなく,ほぼゼロという相関関係であったことから,両者は独立していると考えることが妥当であることが示された.
実は以前のブログでも何度かこのPTDにはふれてきた.たとえばCann et al. (2010)の論文をレビューした時や,Roepke (2013)の論文をレビューした時だ.けれども最近になってまた注目を浴びていると書いた理由は,概念的にPTGとPTDを両方経験できる人間のおもしろさ,奥深さが着目されているからだ(「自分は強くなった」とも言えるし「自分は弱くなった」とも言えるこの認知的な経験が,不協和をおこさず同時に経験できる人がこの世の中に結構多く存在する.しかも二分法的思考をとりがちなアメリカ人の中にも結構多く存在するという点).そして,もちろんこの尺度の日本語版を出版しようと,共同研究者と私は,今準備に追われている.
以上.