Dekel, Mandl, & Solomon (2013)
Dekel, S., Mandl, C., & Solomon, Z. (2013). Is the Holocaust implicated in posttraumatic growth in second-generation Holocaust survivors? A prospective study. Journal of Traumatic Stress, 26, 530-533. doi: 10.1002/jts.21836
私が所属しているOakland Universityの心理学部は進化心理学がものすごく盛んだ.うちの大学院に応募してくる学生の多くが進化心理学を学びたくて来る.そのため,どれだけ一人ひとりの院生が違うテーマを選んだとしても,その背後に,私達が生まれてくる以前の人類の歴史とか,人間以外の生き物の進化とかが必ずと言っていいほど入ってくる.私は自分自身がそういう授業を受けたことがないこともあり,勉強がなかなか追いつかない.で,そんな中から湧いてくる疑問.人は自分の先祖が経験したトラウマにどう影響されているのだろうか.トラウマの世代間伝達.このテーマに関しては,PTSDを中心としたネガティブな影響に焦点を当てて,かなり研究がなされてきているが,果たしてPTGにはどのような影響があるのだろうか.イスラエルの研究者ソロモンらが,その可能性を検討しているので,今日はそれをレビューしたい.結論から言うと,第二世代(つまり親がトラウマサバイバー)であるという事実はPTGに負の効果,つまりPTGを抑制するようだ.
- 問題と目的:トラウマの世代間伝達については生理指標を用いた研究でもその可能性が示唆されている.しかし,ユダヤ人大虐殺のサバイバーを親に持つ子ども,すなわち第二世代(非臨床群)を対象としたメタ分析による研究では,PTSD及びその他の障害について世代間伝達するという結果は得られていない.自分たちの研究でも,親がトラウマを経験しており,かつ戦争に従軍したという人達において,PTSD症状に罹患している割合がむしろ低いことが分かっている.また,他の先行研究から,ホロコーストのサバイバーは自尊心が高く,自己一貫性の感覚も強いことが指摘されている.したがって,このサバイバーに見られるプラスのエネルギー,たくましさのようなものが,子孫に伝わり,第二世代を強くしている可能性が考えられる.そこで,本研究では,「トラウマに関連した心理的な成長が世代間伝達し,第二世代ではPTGがより高いであろう」という仮説を立て,それを検証することを目的とする.
- 調査対象者:1973年に起きた第四次中東戦争に従軍した兵士(男性のみ)を対象に,3回データを取った.一度目は戦争から18年後の1991年,二度目は戦争から30年後の2003年,そして三度目は35年後の2008年であった.二度の調査で有効回答の対象となったのは199名であり,そのうち43名が第二世代(親がホロコーストのサバイバーであり本人が戦争経験者)であった.43名中,三度目の調査にも参加したのは33名であった.また199名から43名を引いた残りの156名が第一世代(親がホロコーストのサバイバーではなく本人が戦争経験者)であった.156名中118名が三度目の調査にも参加した.したがって,この33名と156名の群間比較を行う.
- 調査項目:一度目の調査では,戦争に関連してどのようなトラウマに曝されたかに関する項目に回答してもらった.戦争が終わってから18年の間に,他にどのようなストレスを経験したかにも回答してもらった.二度目の調査ではPTGIの21項目とPTSD症状を測定する17項目に回答してもらった.そして三度目の調査ではPTGI,21項目に回答してもらった.
- 結果:戦争に従事したトラウマ経験者を,親がホロコーストのサバイバーであるか否かで,2群に分けた.戦争に関連してどのようなトラウマに曝されたか,また二度目の調査で取ったPTSD症状に関しては,その2群の間で有意差は見られなかった.しかし,3種類のデモグラフィック変数(年齢,教育,収入)に関しては2群に差が見られた.第二世代の方が,年齢が若干高く,学歴が高く,また収入が高かった.したがってこれら3つの変数を調節変数として,以下,仮説検証に関わる分析を行った.分散分析の結果,二度目の調査のPTGも,三度目の調査のPTGも,第二世代の方が低い値であった.二度目と三度目の間に差は見られず,群間の主効果のみが有意であった.PTGIの下位尺度別に見ると,「他者との関係」,「人間としての強さ」,そして「人生に対する感謝」において,第二世代の方が低い値であった.さらに,階層的重回帰分析を用いて,三度目の調査時点におけるPTGを予測した結果,二度目の調査時点におけるPTG及びPTSD症状以外では,親がホロコーストのサバイバーであったかどうかという予測子のみが有意な影響を及ぼしていた(親がホロコーストのサバイバーであった場合にPTGが抑制される).
- 考察:本研究の結果,戦争後35年が経過した際の「戦争体験をきっかけとしたPTG」の自己報告に対して,自分達の親がホロコーストのサバイバーであったかどうかが影響を及ぼすことがわかった.しかし,仮説に反して,正の影響ではなく,負の影響,すなわち,親がトラウマ経験者であった場合,PTGが抑制されることが示された.それには6つの理由が考えられる.
- トラウマの世代間伝達のネガティブな影響が,「PTSD症状やストレスを高める」という形で直接的に顕在化するのではなく,「自己開示やコミュニケーションを抑制する」という形で間接的にみられ,それがPTGの低下につながったのではないだろうか.
- トラウマを経験した親に見られる,同胞は犠牲になったのに,自分だけが生き残ってしまったという罪の意識が,第二世代に伝達され,トラウマと成長をつなげて経験することを難しくしてしまったがために,PTGが低下したのではないだろうか.
- 親がトラウマ経験者であるという事実によって,親のトラウマに常に曝されて発達・成長したがために,本人のレジリエンスが高まり,大人になってから従軍した戦争ではPTSSを引き起こさず,したがってPTGも経験せず,全体としてPTGの低下につながったのではないだろうか.
- 先行研究から,トラウマの世代間伝達として,認知スキーマに対する影響が指摘されている.自分及び家族を,犠牲者ないしはサバイバーとして特徴づけるという認知が形成されていたならば,それが何らかの理由によりPTGを低めた可能性が考えられる.
- ナチスによる大虐殺という,親の経験したトラウマがあまりにも大きく,自らのアイデンティティを特徴づけるものとなっているため,将来の成長を麻痺させてしまったのかもしれず,それによりPTGが低くなったのかもしれない.
- 世代間伝達という現象がそもそもないという可能性もなきにしもあらずである.しかし,本研究で群間に差がみられたので,自分達としてはこの可能性は考えていない.
PTGI得点が低いことをどう解釈するかが鍵である.本来は成長しているはずなのに,無意識の罪悪感によって成長の実感が妨げられていると考えるか,あるいは個人特性としてのレジリエンスが高いがために,トラウマによって大きな衝撃を受けず,したがってPTGも経験しにくい,すなわち成長を実感する必要性がそもそもないと考えるか,この研究だけでは答えが出せない.少なくともPTGIは高ければ良いというわけでもないところが魅力である.
さらに,世代間伝達という視点でPTGを見たならば,代理PTG(Vicarious PTG)なんかはどう考えたらいいんだろう.曽祖父母に起きたトラウマ.先祖が経験したであろうトラウマ.家族としてのつながりがないいわば他人に起きたトラウマ,既にこの世にいない人に起きたトラウマ,自分が生まれるずっと前に起きたトラウマ.そういったトラウマに対して,認知的,情緒的,身体的に強く反応する場合がある.Vicarious PTGをテーマにした研究の多くは,今のところ,トラウマの被害者と直接の接触があり,かつ本人はそのトラウマを直接経験していない場合のみに限定されている.これもまた今後考えていくべき課題であろう.
以上.